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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8860号 判決 1980年8月28日

原告 鈴木もよ

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 三神武男

被告 総評全国金属労働組合東京地方本部大田地域支部

右代表者執行委員長 香田一栄

右訴訟代理人弁護士 市来八郎

被告 松島興業株式会社

右代表者代表取締役 松島孝良

右訴訟代理人弁護士 斉藤榮一

主文

一  被告らは原告らに対し、別紙物件目録記載の各建物を明渡し、かつ昭和四八年一一月一日から明渡ずみに至るまで一か月金二五万円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決第一項は、被告らに対し金員支払を命じる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一、二項と同旨の判決並びに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載(一)、(二)、(四)の各建物は訴外鈴木友衛の、同目録記載(三)、(五)の各建物は訴外シェルボーリング株式会社のそれぞれもと所有するところであった。

2  訴外鈴木久男(以下久男という)は、昭和三九年初めころ右シェルボーリング株式会社に対し、数回にわたって合計金三五〇万円を貸渡した。

同年三月ころ、鈴木友衛は、前記目録(一)、(二)、(四)の各建物については個人として、また同目録(三)、(五)の各建物については右会社代表者として、久男との間に、同会社の久男に対する右貸金債務の弁済に代えて、右各建物の所有権を譲渡することを合意し、久男は同月一七日右各建物の所有権移転登記を経由した。

3  訴外日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部糀谷地域支部(以下「全金属糀谷支部」という)と被告松島工業株式会社(以下、被告会社という)は昭和四八年一一月一日以降本件建物を使用して占有してきたところ、全金属糀谷支部は、昭和五四年三月五日、同組合東京地方本部丸子支部を総合し、被告日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部大田地域支部(以下被告組合という)となり、現に、被告両名が本件各建物を占有している。

4  鈴木久男は昭和五三年一〇月五日死亡したが、原告鈴木もよは久男の妻であり、その余の原告は久男の子である。

5  本件建物の賃料は昭和四八年一一月一日以降一か月金二五万円を相当とする。

よって原告は被告らに対し、本件各建物の所有権に基づき、本件各建物の明渡を求めるとともに、昭和四八年一一月一日から右明渡ずみまで一か月金二五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告組合

請求原因1、4項は認める。2項中、本件各建物につき原告ら主張の日に原告ら主張の登記がなされていることは認め、その余は否認する。3項は被告会社に関する部分を除き、認める。

2  被告会社

請求原因事実はいずれも知らない。

三  被告組合の抗弁

仮に本件建物が原告らの所有であるとしても、

1  占有権原

(一) 久男は、昭和三九年四月ころ、訴外吉浜和佐治に対し本件各建物を賃貸して引渡し、右吉浜は更に同年六月久男の承諾を得て、株式会社シェルボーリング(その後商号を変更して現商号の被告会社となった)に本件各建物を転貸して引渡した。

(二) 株式会社シェルボーリングの代表者長谷川繁雄は、昭和四五年七月三一日全金属糀谷支部との間で、同支部のシェルボーリング分会に属する労働組合員が株式会社シェルボーリングに対して有する未払賃金、予告手当、退職金及び賃金の完済を受けるまで、全金属糀谷支部に本件各建物を無償で使用させることを約束した。

(三) 久男は昭和三九年三月ころ鈴木友衛に対し同人が本件建物を自ら管理しあるいは他に使用させる等一切の代理権限を与え、更に同人は同年七月ころ前記長谷川繁雄を久男の許諾をえて右権限につき復代理人に選任した。従って全金属糀谷支部の承継人である被告組合は、久男の相続人である原告らに対し株式会社シェルボーリングとの2の約束をもって対抗することができる。

2  権利濫用

前記全金属糀谷支部シェルボーリング分会は、訴外シェルボーリング株式会社の労働組合として昭和三九年一月に結成され、同年三月一二日分会と会社の間に労働協約が結ばれたのであるが、会社及び当時その代表取締役であった鈴木友衛は右分会の活動を嫌悪し、本件各建物から分会を追い出すことにより分会の活動を潰滅させようと図り、右目的を以て友衛の実兄である久男に本件各建物の所有権を移転し、久男は友衛らの右意図を知りつつ本件各建物を取得した。

よって、久男は右会社の分会に対する不当労働行為に加担して本件各建物の所有権を取得したものであるから、原告らが被告組合に対し、その所有権を主張して明渡を求めることは権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち(一)の事実は認め、(二)の事実は知らない。(三)の事実は否認する。

2  抗弁2のうち訴外シェルボーリング株式会社及び鈴木友衛とシェルボーリング分会との関係に関する事実は知らない。鈴木久男が右鈴木友衛の実兄であることは認め、その余は否認する。

五  再抗弁

1  吉浜和佐治相続人と株式会社シェルボーリング間の賃貸借解除

株式会社シェルボーリングと吉浜和佐治との間の賃貸借契約は賃料月金二五万円、各月末払の約束であったところ、右会社は右吉浜和佐治(昭和四三年死亡)の相続人吉浜丞、同尚子、同純子、同俊、同靖子らに対し、昭和四五年四月分から同年七月分までの賃料の支払を怠ったので、同相続人ら代理人系正敏は右会社に対し、同年八月一日到達の内容証明郵便にて右延滞賃料の支払を依告すると共に、同月五日までに支払のないときは、本件転貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

2  久男と吉浜和佐治相続人間の賃貸借解除吉浜和佐治と久男との本件各建物の賃貸借契約においてその賃料は久男が訴外田中彰一から賃借していた本件各建物の敷地の地代(昭和四八年当時月五万二二〇〇円)を吉浜和佐治が毎月支払う約束であったところ、吉浜和佐治の相続人らは昭和四八年一一月分から同四九年八月分までの支払を怠ったので、久男は右相続人らに対し同四九年九月数日中に右地代を支払うよう催告し、同月末に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する被告組合の認否

再抗弁(一)、(二)の事実は全て知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実1、同2のうち久男名義の所有権移転登記がなされたこと及び同3のうち被告組合による本件各建物の占有に関しては、原告らと被告組合間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、

1  昭和三九年一月当時、本件各建物のうち、物件目録(一)、(二)、(四)のものは訴外鈴木友衛の、同(三)、(五)は訴外シェルボーリング株式会社の各所有するところであり、いずれも右シェルボーリング株式会社の工場ないし事務所として使用されていた。

2  昭和三九年一月ころ右シェルボーリング株式会社の代表取締役であった鈴木友衛はその実兄である鈴木久男に対し会社経営資金の融通を頼み、久男はこれに応じてそのころ数回にわたって合計金三五〇万円を右会社に貸し付けた。

3  昭和三九年二月末ころ友衛から久男に対し右借入金債務の代物弁済として本件各建物を久男に譲渡する旨の申し入れがなされ、久男はこれを承諾した。本件各建物の久男名義への所有権移転登記手続は、久男が千葉県在住のため友衛が代ってこれを行ない、同年三月一七日右手続を了した。

4  本件各建物は久男名義に所有権移転登記がなされた以後も依然として前記シェルボーリング株式会社の使用するところであったが、同会社は昭和三九年五月ころ倒産し、次いで同年六月一日新たに設立された株式会社シェルボーリングが本件各建物を引き続き使用した。しかるに右株式会社シェルボーリングも昭和四五年七月に倒産し、爾来、全金属糀谷支部に所属する右会社の労働組合員が本件各建物及び同会社所有の機械類を使用して生産活動を始め、昭和四七年以後その一部に組合事務所を設ける等してこれを占有している。

5  なお株式会社シェルボーリングは昭和四九年九月商号を変更して、現商号の被告会社となった。

久男は昭和五三年一〇月五日死亡し、その妻である原告鈴木もよとその子であるその余の原告が久男を相続した。

また、全金属糀谷支部は昭和五四年三月五日日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部丸子地域支部を総合し、被告組合となった。

以上の各事実を認めることができる。もっとも、《証拠省略》中には、シェルボーリング株式会社が昭和三九年一月当時経済的な行き詰まり状態にあったとは思われない旨の供述があり、右は同社が久男から運用資金を借りたことを否定するごとくであるが、他方《証拠省略》によれば、右会社の債務は倒産時一億二、三千万円あり、社会保険料、地方税のほか高利貸からの借金もあり、また三月の倒産数日前に会社は鈴木友衛の知人である訴外鈴木久蔵から会社資金として金一〇〇万円を借りていたとの事実が窺われ、これらに徴すると右被告組合代表者本人尋問の結果はにわかに採用できない。証人鈴木友衛の証言によって認められるところの原告らの主張に見合う借用証、領収書等が作成されなかったとの事実も、直ちに右2の認定を左右するに足るものではない。他に右各認定を覆すに足る証拠はない。

以上のとおり、原告らの請求原因中1ないし4の事実(ただし、被告会社の本件各建物の占有については後記三のとおり。)を認めることができる。

二  被告組合の抗弁につき検討する。

1  占有権原の抗弁とこれに対する再抗弁について

(一)  抗弁1の(一)の事実、すなわち本件建物に関する久男から訴外吉浜和佐治への賃貸借、右吉浜から株式会社シェルボーリングへの久男の承諾ある転貸借については、原告らと被告組合間に争いがない。《証拠省略》によれば、株式会社シェルボーリングは昭和四五年七月二七日に倒産したが、同月三一日右会社代表者長谷川繁雄と全金風糀谷支部委員長香田栄一及び同支部シェルボーリング分会委員長市川勇とは協定を結び、会社に対する従業員の賃金、予告手当、退職金債権を保全するため、会社は旋盤、グラインダー等、本件各建物に設置ないし存置されている一切の機械工具、製品類を同分会に譲渡し、同時に本件各建物を同支部及び分会に使用させることを合意した事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  本件各建物の使用についての右合意をもって原告に対抗できるか否かの判断はさておき、原告らの再抗弁1について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、株式会社シェルボーリングと吉浜和佐治間の賃貸借契約においては賃料一か月金二五万円、毎月五日払の約であったところ、同会社は昭和四五年四月分以降の賃料を支払わなかったので吉浜和佐治(昭和四三年死亡)の相続人吉浜丞、同尚子、同純子、同俊及び同靖子の後見人吉浜喜一から委任を受けた弁護士系正敏は、同年七月三〇日付の内容証明郵便でその支払を催告すると共に、同年八月五日までに滞納分を支払わないときは同会社との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右郵便は同月一日に同会社に到達した事実が認められこれに反する証拠はない。

(三)  そうしてみれば、吉浜和佐治相続人らと株式会社シェルボーリング間の本件各建物の賃貸借契約は昭和四五年八月六日解除により消滅したと解されるから、被告組合の主張する占有正権原の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  権利濫用の抗弁について

《証拠省略》を総合すれば、昭和三九年一月シェルボーリング株式会社の労働組合として全金属糀谷支部に所属するシェルボーリング分会が発足したが、会社が同年二月組合役員及び活動家に対し解雇通告をしたため、右分会は会社に対し分会設立を通告して団体交渉に入り、全金属糀谷支部の説得もあって、同月一二日会社は右解雇を撤回したこと、その後会社は右分会を労働組合として承認し、同年三月一二日には会社と分会間に労働協約が結ばれたこと、ところが翌一三日会社は右協約の破棄を分会に通告し、全金属糀谷支部の団体交渉要求に対して面会の強要であるとしてこれを拒否する態度に出て、以後会社と分会及び全金属糀谷支部とは紛争状態となったこと、そして同年三月中旬シェルボーリング株式会社は倒産したが、全金属糀谷支部及び分会は、右倒産は会社が組合つぶしを図ってなした偽装倒産であるとの認識をもったことを認めることができ、右各認定を左右するに足る証拠はない。

右各事実からすれば、シェルボーリング株式会社の代表者であった鈴木友衛の労働組合嫌悪の情を窺うことはできるが、それ以上に分会を本件各建物から追い出す目的で本件代物弁済がなされたとの点は、これを推認するに十分とはいい難く、他に右の点を認めるに足る証拠はない。また、久男の知情及び加担の意思については、久男が友衛の実兄であるという事実のみをもってしてはこれを推認するに足らず、その他これを認めるに足る証拠はない。

従って、本件代物弁済の不当労働行為性及びこれに対する久男の加担を前提とする被告組合の主張は結局理由がなく、他に原告らの本訴請求を権利濫用たらしめる格別の事情は認められない。

よって、被告組合の権利濫用の抗弁も採用し難い。

三  前認定のとおり、株式会社シェルボーリングの代表者は昭和四五年七月三一日全金属糀谷支部及び同支部シェルボーリング分会の委員長との間に同支部及び分会をして本件各建物を使用させることを合意し、爾来同支部並びにその承継人である被告組合は、右合意に基づいて本件各建物を使用しているのであるから、株式会社シェルボーリング(商号変更後は被告会社)は右支部及び分会をして使用せしめた以後も本件各建物につき占有を有するものといわねばならない。

ところで、被告会社は、本件各建物の占有権原につき、何ら主張しない。

四  以上によれば株式会社シェルボーリングと吉浜和佐治相続人との間の賃貸借契約が消滅した昭和四五年八月六日以降、株式会社シェルボーリング及び全金属糀谷支部はいずれも本件各建物を正当な権原なくして占有していたものというべきで、前認定のとおり昭和三九年から同四五年までの本件建物の賃料は一か月金二五万円であったから、被告らは原告らに対し、本件各建物を明渡し、かつ不法占有となった日から右明渡ずみまで各自一か月金二五万円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負うものである。してみれば、右に認められる範囲内である原告らの被告らに対する本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

なお、本件各建物の明渡しを命じる部分については仮執行宣言を付するのは相当でないから、これを付さない。

(裁判長裁判官 大石忠生 裁判官 大渕武男 近下秀明)

<以下省略>

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